● 英語の勉強法:ハワイアン・リボンレイと、子供英語教室の先生に、インタビューさせて頂きました。
こんにちは。田村恵理子です。
今も、昔も、ハワイは海外旅行の行き先として人気があります。
のんびりとリラックスして、暮らすように過ごせる点が、魅力なのかもしれません。
ビーチ、ショッピング、ドリフィンスイム、ホウェールウォッチング、トレッキングなど、楽しみ方も様々です。
100人の英語ストーリーその9では、ハワイが大好きで、何度も訪れているという方に、インタビューさせて頂きました。
「東京・埼玉ハワイアンリボンレイ教室!初心者からリースもレッスン」の菅原詩子さんです。
ハワイアン・リボンレイ教室の他に、子供英会話教室も主催されています。
菅原さんは、今でこそ、英会話を教えていますが、留学経験もなく、元々は、そこまで英語ができるというわけではなかったそうです。
そんな菅原さんの、これまでの英語との関わりを伺いました。
小学生の時、訪問販売の人が来て、子供用の英語教材を買ってもらったことが、ありました。カセットテープの教材です。なんとなく、聞いていた覚えはあるそうです。
中学生、高校生の時の、英語の成績は、そこそこでした。教科では、英語よりも国語が好きでした。
洋楽のビートルズは、好きで、よく聞いていました。
中学3年生の夏から、受験のために、塾に通いはじめました。
塾に行ってみると、勉強ができる人が沢山いました。自分は、井の中の蛙だったな、と感じました。
いつの頃からか、海外に興味をもつようになりました。
特に、英語が得意というわけでは、ありませんでした。
高校では、英語がよくできるクラスメートが、先生から目をかけられている様子を見て、くやしく思いました。
同じく高校生のとき、ニュージーランドの交換留学制度に応募しました。ところが、選ばれずに、残念な思いをしました。
大学に入る時は、国際関係学部にも興味がありましたが、それは、かないませんでした。
結局、大学では経営を専攻しました。
大学時代は、国際交流イベントに積極的に参加しました。
知らない人、知らない国を知ることが、面白いと思いました。
各国からの留学生と日本人学生が、一緒に5日間、ディスカッションをしたり、交流したりするイベントにも参加しました。
開催地が青森だったこともあり、お父さまは反対されましたが、その反対を押し切っての参加でした。
そのイベントで、上海出身の友人ができて中国に興味を持ちました。上海に、旅行にも行きました。
他大学の学園祭で、餃子を作って模擬店で売ったことも、ありました。楽しい思い出です。
学生時代は、色々なことにチャレンジされたのですね。
お話の中に、 「くやしくて」という言葉がよく出てきました。負けず嫌い、そして、好奇心。それが菅原さんの原動力なのかもしれません。
ご結婚されて、お勤めをやめてからも、様々な分野の新しいことにチャレンジしました。
サーフィン、フラダンス、ファイナンシャルプランナー、アロマ、洋裁。幅広いです。
何か、自分で、やりたいという思いもありました。
その1つとして始めたリボンレイが、今は、お仕事になっています。
そして、こども英会話教室もスタートしました。
ハワイアンリボンレイも、英語も先生という意味では同じですね。
先生というお仕事は、向いていると思われるそうです。以前、幼稚園の先生になりたいと思っていた時期もありました。
英語教室をスタートしてから、ご自分でも、とっさに英語が出てくるようになったそうです。
ごく短いフレーズでも、口に出して言っていると、全然違うのですね。
ハワイアン・リボンレイや、英語を教えながら、ご自身も、ますますパワーアップされているようです。
ハワイアン・リボンレイのメルマガでは、初めてでも可愛くて素敵なリボンレイを作るコツが分かります。
子どもがグングン英語と国語好きになる10の方法は、こちらです。
インタビューその30から39のインデックスは、こちらのページで、ご覧いただけます。
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