多言語の編集者から、想定外のインハウス翻訳者に

● 多言語の編集者から、想定外のインハウス翻訳者に

こんにちは。田村恵理子です。

色々なお仕事、経歴の方に、英語の勉強方法についてお話を伺っています。

第35回は、インハウス翻訳者の未来堂さんにインタビューさせて頂きました。

未来堂さんは、翻訳会社で10年以上、多言語の編集者としてお仕事をされていました。もともと、自分が翻訳をするとは思っていなかったそうです

多言語の編集者のお仕事について、また、翻訳のお仕事を始めた経緯についても伺いました。

多言語の編集者から、インハウスの翻訳者へ

子供の時の英語の思い出は、スーパーマリオのゲームの英語表記

子供の頃は、特に英語に触れる機会はありませんでした。英語で覚えていることといえば、ゲームです。

小学3、4年生の頃、ファミコンでゲームをしていました。スーパーマリオなどのゲームで Game Over など、英語表記が出てくることがありました。

これは何と書いてあるのだろうと、なんとなく思っていました。

中学で英語を始めた頃

英語の勉強は、中学で始めました。

英語は、特に好きな教科というわけでもなく、他の科目と同じくらいでした。

英語の先生は、おばあちゃん先生でした。発音も日本人英語の発音でした。

アルファベットからのスタートでしたから、テストで点が取れるな、簡単だなと思っていました。テストでも、いい点が取れていました。

当時の英語のテストは、読み書き重視です。文法や、教科書の内容を真似して書くなどの内容が中心でした。

英語を頑張ろうと思ったきっかけ

中学1年生の時、友達や先生に手書きで年賀状を送りました。その時HAPPY NEW YEARの綴りを間違えて、みんなに送ってしまいました。

休み明けに先生に指摘されたのが恥ずかしくて、もう絶対間違えないぞと思いました。それから英語をがんばる気になりました。

中3のとき、アメリカに住んでいたことのある日本人の先生が、英語を担当することになりました。

フレンドリーで、発音も授業のテンポも良くて、すごく楽しかったです。ずいぶん違うんだな、面白いなと思いました。

中学3年生の時、修学旅行の思い出を書くエッセイの課題がありました。

そのエッセイで鹿のdeer の複数形のつもりでdeersと書いたところ、先生が鹿は複数にならないと教えてくれました。それを聞いて、英語は面白いと思いました。

エッセイは調べながら書いてみたら意外と書けて、自信になりました。伝えたいことを伝えられるんだなと思ったら面白くて、さらに受験に向けてやる気が出ました。

高校は英語のコースがある学校に

高校進学時は、英語のコースがある学校を志望しました。塾の先生が、英語が好きなら、こんな学校もあるよと勧めてくれたのです。

高校は志望どおり、貿易外語コースに進みました。高校では英語をメインに学び、付属の短大では英語と貿易の実務も学ぶコースです。

英語の授業は、他の高校の倍くらいあったと思います。先生は、外国人の先生も日本人の先生もいました。日本人の先生も英語ができる人ばかりで面白かったです。

英語の授業では、イギリスの生活について英語で書いてある本を読んだり、イギリスの面白いオチのある話が集められた本を読んだりしました。英語の教科書も、もちろん勉強しました。

おかげで、かなり英文を読まされました。文法も、きっちりやりました。それが今の英語力につながっていると思います。

英語で作文やエッセイも書きました。自分で色々調べながら書くのは、楽しかったです。

ただし、私自身が読み書きを重視していたこともあり、英会話は相当、苦手でした。英会話の授業は生徒15人くらいでしたが、恥ずかしいという思いがあり、あまりガンガン話せませんでした。今になってみると残念です。

教科として英語自体が、すごく好きだったわけではありません。それでも、英語を読むことでいろいろな知識や外国の文化に触れられるのがとても楽しかったし、だからこそ英語は面白いと思いました。

英語よりも好きだったのは、数少ない日本史の授業や古文です。古文の授業では源氏物語を原文で読んだりしました。

高校の第2外国語はフランス語を選択

その高校では第2外国語として、スペイン語かフランス語を選択できました。巻き舌ができないため、スペイン語でなくフランス語を選びました。

クラスに、漫画の「ベルサイユの薔薇」が大好きな友達がいました。勧められて見せてもらい、面白いなと思いました。フランスの歴史に興味を持つ大きなきっかけになったのは、これだったのかもしれません。

高校のフランス語の授業は、進度としては、それほど進みませんでした。大学だったら半年で終わる内容を、高校3年間の授業で習った感じです。

その代わり、高校のフランス語の先生は、フランス語の話や、フランスの国民性、文化の話をしてくれました。面白かったです。

大学ではフランス語専攻、王政時代のフランスの民衆の歴史の研究室に

付属の短大には上がらず大学に進学し、フランス語を専攻しました。

高校で、あまり進まなかったフランス語を、もっとやりたいなと思いました。フランスの歴史にも興味がありました。

ただ、卒業しても、あまり胸を張ってフランス語を勉強しましたとは言えない感じです。やはり読み書きが中心で、会話にあまり力を入れなかったためです。

実は、フランス語自体にそんなに興味はなかったかもしれないとも思います。英語は、書くのが楽しいと思いましたが、フランス語はそれほどではありませんでした。

言語そのものよりも、その背景の文化に興味がありました。研究室も歴史の研究室でした。王政時代の民衆史を勉強しました。王政時代とはフランス革命などがあった時代です。

学校の教科書の歴史は政治史中心となりますが、その時代を生きた普通の人々の暮らしに注目すると、歴史も見方が変わって違う部分がたくさん見えてきます。それがとても面白かったです。文献は論文みたいな本しかありませんでしたが、すごく面白かったです。

私は英語もフランス語も勉強しましたが、語学自体に興味があるというよりも、興味の対象は歴史や文化や法律など、その言語を通じて得られるものに興味があり、言語はそのための手段という感じでした。

大学では英語は、副専攻として学びましたが、生きた英語を学ぶものではなく、やはり読み書き、聞き取り中心の英語でした。学生時代にもっと会話重視で英語を使わなかったことが、今思えばとても残念です。

教員免状を取るためにも英語の教職コースも受講しました。そのために塾や家庭教師をしたことも、文法力が強化された一因でもあったと思います。

フランス旅行とホームステイの思い出

フランス旅行にも行きました。残念ながら、あまりいい思い出ではありません。

2週間だけホームステイしました。ステイ先がなかなか決まらず、たらい廻しにされて3軒目でやっと決まりました。ホームステイの業者が悪かったのかもしれません。

やっと決まったステイ先は、ドライな感じでした。あなたの部屋はここだからと言われて、ご飯を食べると、みんな部屋に引っ込む感じでした。家族もバラバラな感じでした。

お店も、見知らぬ外国人には優しくありませんでした。フランス語を話せないと全然相手にしてもらえなくて、冷たいなと思いました。

当時は飛行機のリコンファームが必要でした。電話をかけて英語で話したらフランス語で話すように言われて、フランス語で話したら下手でわからないと言われました。悔しい思いをしました。フランス語もやはり読み書き中心となってしまっていました。

家庭教師、塾の講師、教育実習は楽しかったものの・・・

学生の時、家庭教師や塾の講師をしていました。教えるのは、すごく好きでした。勉強が嫌いな子に教えたり、英語がわからない子に興味をもたせてあげるのが好きでした。

教育実習も楽しかったです。教育実習に行った時の先生に感銘を受けて、先生になりたいなとも思いました。

大学の教職授業では、読み書き中心の授業ではなく、会話中心の授業をするよう指導を受けました。でも、教育実習先の学校では、当時はまだ読み書き中心の授業がされていました。

学校の方針に合わせて、昔ながらの読み書き中心の授業を進めましたが、その時の指導教官の先生が、「これからは先生が英語を話せないとダメだ、授業の方法を変えていかなくてはいけないのだ」と言っていました。

自分は、英語が嫌いな子に興味を持たせてあげることはできても、生きた英語を話したり、海外の生活を教えてあげたりというような、英語が得意な子が満足できるようなことをしてあげるのは難しいと思いました。

教えることは好きだったので教師にはとても興味があったのですが、実は、教えるなら英語以外(歴史とか国語)が良いと思っていました。また、小学校に英語が導入される話もあり、小学校の先生にも興味はありました。しかし、在籍していた大学では中学・高校の免許の単位しか取れませんでした。

小学校の免許を取るためには、別の学校に行く必要がありましたが、当時学校の先生はほとんど採用が無く、卒業した後にさらに別の学校に進むことは、その時には選択できませんでした。

新卒で教員になることは、やめようと思いました。

まずは3年働いてみて、それでも先生になりたいと思ったら仕事を辞めて小学校の教職の免許を取ろうと思いました。

超氷河期の就職活動を経て翻訳会社に

就職活動した時期は超氷河期でした。決まればどこでもいいくらいの勢いで就職活動をしました。

できれば語学を使いたいと漠然と考えていて、英語、フランス語に関係するところを探しました。当たって砕けろという感じで、就職情報誌に載っている語学が使えそうな会社には、かたっぱしから応募しました。

その中に、多言語マニュアル制作というタイトルで募集していた翻訳会社がありました。働いている人の出身大学も語学系の大学が多くて、面白そうだと思いました。

天職かもと思うほど合っていた多言語翻訳編集者の仕事

入社してみると、すごく面白くて、天職かもしれないと思うくらい合っていました。

多言語マニュアル作成の各案件について、各工程の作業ごとに分けて担当するのではなく、全体の工程を担当する形でした。レイアウト作業、原稿(英文)のライティングなども全部経験した上で、一人で全体の工程の面倒を見る形です。それが、とても良かったと思います。

ライターも、DTPのオペレーターも、翻訳手配も、翻訳チェックも、修正も、お客さんとのやりとりも全部やらせてもらいました。すごく面白かったです。

翻訳会社でしたが、自分で翻訳することは、ほぼありませんでした。翻訳は自分でするものではなく、翻訳者にお願いして上がってくる「商品」という感じでした。

多言語編集者として30ヶ国語への翻訳の依頼と翻訳チェック

仕事内容は、輸出用の家電などの取扱説明書の多言語化でした。

原文は英語です。翻訳は、フランス語、イタリア語、スペイン語、チェコ、ポーランド、その他の30言語くらいの、色々な翻訳者に一気に依頼します。

そして、上がってきた翻訳をチェックします。

一気に何十人に対して翻訳を手配しますから、手配の仕方がポイントです。

初めの翻訳の依頼の出し方や、元の英文の内容が大事だなと実感しました。それによって、上がってくる翻訳が全然違うのです。変な訳が上がってきた時も、翻訳者だけの責任ではないのだなと思いました。

初めの頃は、いかに翻訳者にもわかりやすくて誤訳がないように翻訳を依頼できるか、いかに、お互い楽にできるかという点に情熱を燃やしました。

原文としての英文は、自分で書くこともありました。そうでないこともありました。使って欲しいテクニカルタームをマーキングするなど、翻訳者がなるべく見落とさないですむように工夫しました。

上がってきた翻訳は、ネイティブが形式的にチェックする場合もありました。ロシア語ならロシア語だけを見て、文法的に合っているか等のチェックのみです。

翻訳の内容のチェックも、編集者の仕事でした。

もちろん、30ヶ国語が分かるわけではありません。それでも取扱説明書ですから、画面の表示があったり、ボタンやレバーがあったり、何々をしてくださいという文があったり、と大体書いてあることが分かるようになりました。

使って欲しい単語が使われているか、必要なことが書かれているかなどをチェックしました。慣れてくると、NOT がいらないのについているとか、表現が統一されていないなどといったことも気づけるようになりました。

翻訳者は、ほとんど全員海外のため、時差もあり、電話で話すことはありませんでした。お互いに顔を知らないまま、メールでやり取りしていました。

チェックの結果を翻訳者に戻して、直してもらう事もありました。ある意味、駆け引きのような所もあります。戻すと嫌がる人もいました。もちろん、すぐ聞いてくれる人もいました。普段、どのような感じで連絡を取り合っているかよっても違うと思いました。

もちろん、指示書も、その後のやりとりも全て英語です。多言語の編集者として仕事をする中で、英語を読み書きする機会は多かったです。ただし、話す機会はほとんどありませんでした。

子育てしながら在宅勤務で多言語翻訳の編集者の仕事を継続

途中で転職をして、2社目でも同じような多言語編集者の仕事をしました。当時、家から2時間近くかけて仕事に通っていました。

20代後半で出産し、産休、育休を取りました。両親と同居していたため、子供を保育園にあずけることができませんでした。

出産前から、半分くらい在宅で仕事をしていましたが、育休が明けて仕事に復帰する際、本格的に在宅で仕事をすることにしました。

在宅勤務では、わりと自由に仕事させてもらいました。

勤務時間を減らして、変則的に早朝からお昼過ぎまで働き、午後はフリーでした。昼間に都合が悪かったら、夜やってもいいよと言われていましたし、時間もいちいち報告しなくてもよい形でした。

長時間仕事をした場合は申請すれば、きっちり残業分ももらえました。夜残業して仕事をした分、次の日は休みにすることも、ありました。自分の裁量が大きかったです。

2人目を出産した時も、産休、育休を取り、その後在宅で仕事をしました。

在宅になってからは、以前のように、多言語化の全工程の管理をすることは難しく、翻訳チェックなどのスポット作業が中心となりました。

その他にも、会社として翻訳データベースを作る作業を中国の翻訳会社に依頼していたので、その関係の仕事もしました。やり方の説明書を作ったり、質問に対応したりしました。翻訳支援ツールTradosの使い方を中国の企業の人に教えたりもしました。

転職することになり、経験ゼロからインハウス翻訳者に転身

2014年までずっと、在宅で多言語編集の仕事をしていました。

2014年に会社の方の体制が変わり、在宅で仕事をしていた人と、社員の半数以上が退職という形になりました。自分は一生この会社で働くのだと思っていたので、とても残念でした。

下の子が、小学校に入る少し前でした。次の仕事を探さなくてはと思いました。

できれば、それまでの編集者のようなコーディネーター的な仕事がしたいと思いました。

ただし、その場合は正社員で都内に通うことになります。

在宅で仕事をしていた時は、数ヶ月に一回くらいしか、会社に行っていませんでした。

子供のことを考えると、片道2時間かけて東京まで行くのは無理です。コーディネーターを今からやるのは、無理かなと思いました。

近くで仕事を探そうと派遣会社に登録しました。これまでずっと翻訳会社で働いていたため、電話がかかってくる仕事は翻訳の仕事ばかりでした。

その都度、自分自身で翻訳をした経験はないから無理だと言って断っていました。ところが、今の会社から、それでも良いからとアプローチがありました。取扱説明書に関わっていた経歴があり、英語がそこそこ出来れば良いからと言われて、やってみることにしました。

取扱説明書は大好きだし、英語の取説のライティングもやっていたので、取説の英語くらいなら自分で書くのもなんとかなるかもしれないと思いました。

働く時間は増えることになりましたが、家からも近くて、よかったです。

メーカー側も良い翻訳者をさがすのは一苦労

働き始めてみたら、意外と翻訳の仕事も面白くて、続いています。以前の会社にいた時は、自分が翻訳することになるとは思っていませんでした。正直、こんなに続くとは思いませんでした。

以前の会社では、家電の取扱説明書が中心でした。今は測定、分析機器関連の取り扱い説明書やその他技術文書です。機械や電気の要素が強いので、自分の興味の範囲にも近いです。

実は、今の会社も、もともとは大きい翻訳会社に翻訳を依頼していたそうです。

ところが、翻訳会社に依頼すると、高い翻訳料を払っているのに、ぐちゃぐちゃな翻訳しか上がってこなくて、ストレスだったようです。

また、以前にも派遣で翻訳者を募集して、何人か採用したものの失敗していたそうです。

派遣会社の場合、英語力を測る物差しは大体TOEICになりますが、TOEICスコアで判断することにはリスクもあります。

TOEIC800点くらいあって英語を話す方は大丈夫でも、英文を書くと、文法的に正しい文章が書けず、意味不明な英文となってしまう、ということもあったようです。

技術者が書いた社内文書の翻訳は大変

いざ入って翻訳をすることになって、外注した翻訳がグチャグチャになる理由がわかりました。

原文の日本語が、分かる人にだけ分かれば良いという感じの文章でした。実際、病院や分析施設の中だけで使う機器の取説ですから、専門家やサービスマンだけが分かればよい文書ではあります。日本語の場合は、それで事足りていたわけです。

社内向けの文書に至っては、技術者が書いていますし、日本語の「てにをは」も、おかしかったり、本当に何を言っているか分からない文章もありました。それを直訳した、ただ日本語を英語に置き換えたような翻訳になっていたから、技術者たちが見ると理解できない文章になっていたのでした。

意味不明な日本語から、技術者たちが言いたいことを、くみ取って訳すのは大変でしたが、ぐちゃぐちゃの文章をまとめるのは、面白いです。

元の文章を書いた人に、私が英語で書いた内容が間違っていないかを確認しに行ったときに、相手が、「言いたかったことはそういうことだったんだよ」と言ってくれると、とても嬉しいです。

編集者時代もそうでした。いかに自分が楽をするか、いかにお客さんや依頼先が喜んでくれるかを考えて、いろいろと工夫するのが楽しかったです。

私は、ずば抜けた英語力があるわけではありません。高校や受験勉強、大学、家庭教師などで文法を身につけましたし、会社員時代は、担当したお客様からの意味不明な日本語の指示文をいかに多言語へ翻訳しやすい英語にするか、悩みながら取り組んできました。これらの経験が、今になって役に立っていると感じています。

副業で知り合いの翻訳会社の日英翻訳チェック

小さな翻訳会社をやっている知り合いがいて、副業で翻訳チェックをしています。日英翻訳のチェックが多いです。

以前の会社でも、翻訳チェックをしていましたが、英語から英語以外の外国語への翻訳のチェックでした。日英の場合は、どちらの言語も内容が理解できてしまう分、多言語チェックとはやり方も変わってきますが、すぐに慣れました。翻訳の勉強になるような良い文に巡り合うこともあり、それなりに楽しみながらやっています。

翻訳会社の人が、どこを重点的にチェックしてもらいたいと思っているか、どの程度のレベルでチェックするべきなのか等、案件によってポイントがあるはずです。

そのポイントが必ずしも依頼の際に伝わってくるとは限りませんが、こちらから確認するなり、その時々に判断するなりして、ただ機械的にチェックするのではなくて、相手が何を求めているか考えながらチェックするのが面白いです。

翻訳チェックの仕事は、今後、自分が翻訳者として仕事をしていく上でも経験として役に立つかなと思います。

これからの翻訳の仕事の方向性

今、勤めている会社では、取扱説明書やサービスマニュアル、社内の技術報告書のような書類を、日本語から英語に翻訳しています。

現在は、社内文書ということもあり、自分の訳には翻訳のチェックが入りません。派遣社員として更新をしてもらい続けているということは、ある程度は満足してもらっているものと思っています。

翻訳経験ゼロの状態からここまで、自分なりになんとかやって来られました。ただ、今はフィードバックがなく、自分の翻訳が正しいものなのか、どのくらいのレベルなのかがよくわかりません。今後、どうやって「いい翻訳ができます」と自信を持って言えるようにしていくかが課題です。

今は派遣社員です。派遣期間終了後、どのように仕事をしていくかは、確定していません。おそらく、このままでいればずっと打ち切られることなく続けていけるのだろうと思います。でも、本当にずっとこのままの状態でよいのか、もっとスキルアップしていく道を探るべきではないのかと常に考えています。

私が、今の会社以外でフリーランスの翻訳者として翻訳をするとしたら、何ができるのだろうと考えることもあります。

今翻訳しているような機械の説明は、それほど英語力(表現力)は必要ないと思います。機械の説明の翻訳では、操作や構造や仕組の知識や説明をいかに正確に訳していくかが重要かなと思います。

機械の説明よりも、会社のホームページや論文、その他の読み物系の翻訳などの方が、英語の表現力や説得力が必要ではないかと思います。そう考えると、自分に、そこまで自由自在に操れる英語能力や、日本語能力があるのか不安になる時もあります。

世の中の翻訳者は、若い人も多いですし、私と同じくらいの年でガンガン活躍されている人も多いです。私の場合、40代直前になってようやく翻訳キャリアがスタートしたのだと思うと、これからフリーランスで翻訳者として、やっていくのは、難しいのではないかと迷う部分もあります。

マニュアル翻訳について

マニュアル翻訳は、需要は多そうですが、あまり気が進みません。かつて、英語から各国語への翻訳を扱っていた時に、自分が翻訳を出す側にいて、翻訳者がどれだけ大変な思いをしていたかを知っているから、そして、翻訳支援ツールのTradosを使って翻訳する仕事が多くなると思うからです。

Tradosは編集者時代に使っていました。編集者、翻訳発注側としてTradosを使うのは本当に面白かったし、少しブランクはあるものの、今でも問題なく使えるのではないかと思いますが、翻訳者としては、あまり積極的に使いたくないと思っています。

Tradosを使うと、すでに翻訳済みの他の翻訳に合わせたり、部分訳のみとなることも多かったりします。また、かなり割り切って翻訳を進めなくてはいけなくなります。渡された参考翻訳が、必ずしも良いとは限りません。

マニュアルを翻訳するとしたら、今の会社のように、全部ベタ打ちで、最初から全部自分で翻訳させてもらえるならよいのですが、そうでないのであれば、かなりストレスの多い仕事になるのではないかなと思います。

Tradosは、翻訳者よりも編集者(またはクライアント)にとって都合の良いツールであって、レイアウト情報を含む文書や英語と多言語の間での翻訳にこそ効力を発揮するものだと個人的には思っているので、もし使うのならば、翻訳者としてではなく、編集者、翻訳発注側の立場で使う方がいいなと思っています。

でも、使うことでメリットがあるのであれば、いつでも使うことを考えたいし、使えることを強みとしておきたいとも思います。

勉強中の特許翻訳について

最近、特許翻訳の勉強も始めました。

医療翻訳などは書籍も沢山ありますが、特許翻訳は書籍が少ないですね。独学は無理だと判断し、通信講座で勉強しています。

もちろん、ものになるかは分かりませんが、特許も面白いですし、法律も結構好きです。

特許翻訳をするとしたら、専門分野は機械、電気にしようと考えています。

特許の文書は独特ですが、一見複雑な内容の文書の内容を汲み取って訳すのは、まさに、私の得意分野ではないかと思います。

地道で緻密な細かい作業は大好きです。特許翻訳は、合っているかもしれないと思います。

インタビュー後記

未来堂さんは、緊張していますと言いながら、終始にこやかに、明るい笑い声をまじえてお話しくださいました。そのあたりが、優秀なコーディネータとして長年お仕事されてきた所以なのかもしれません。

30ヶ国語での翻訳もチェックするという多言語の編集者のお仕事のお話は、とても興味深く、面白くうかがいました。

未来堂さんのブログでは、どのように翻訳を勉強されているのか?も現在進行形で書かれています。翻訳者を目指す場合にも大いに参考になりそうです。

未来堂さんのブログは、こちらです

「千里の道を一歩ずつ~ときどきひとやすみ~」

英語の勉強法インタビューは、不定期に連載中です。

インタビューその30から39のインデックスは、こちらのページで、ご覧いただけます。

英語の勉強法インタビューその30から39

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